タイは観光立国として知られ、世界中から多くの旅行者を惹きつけている。外国人を受け入れるための多様なビザ(観光ビザ、リタイアメントビザ、エリートビザなど)を発行し、長期滞在を促進している一方で、不動産取得に関しては厳格な制限を設けている。
タイの外国人による不動産取得の制限
土地取得の制限
タイでは、外国人が不動産、特に土地を直接所有することは原則として厳しく制限されています。この規制は、タイの国家主権や経済的利益を保護する目的で設けられています。具体的には、**タイ土地法(Land Code B.E. 2497, 1954年制定)**がこれを規定しており、第86条および第87条において、外国人(個人および法人を含む)がタイ国内の土地の所有権を取得することを禁止しています。ただし、例外として以下の場合に限定的な土地所有が認められます:
- 投資奨励法(Investment Promotion Act B.E. 2520, 1977年制定)第27条: タイ投資委員会(BOI)の承認を受けた外国人投資家が、特定の事業目的(例: 工業団地内での工場建設)のために土地所有を許可される場合があります。この場合、土地の使用目的や面積に制限が課されます。
- 居住目的の特例: 1999年の土地法改正により、4000万バーツ(約1億5000万円、為替レートによる)以上の投資を行い、かつタイ経済に貢献すると認められた外国人は、居住用として最大1ライ(1600平方メートル)の土地所有が認められることがあります。ただし、この特例は運用が限定的で、実際にはほとんど適用されていません。
これらの条文は、タイの土地が外国資本に支配されることを防ぐためのもので、特に農地や戦略的地域の保護が重視されています。
Law Text Land Code Act 1954 (up to 2008 amendments) | Thai Law Texts (translations)
コンドミニアム取得の制限
一方で、タイでは土地所有が禁止されている外国人でも、コンドミニアムの購入は一定の条件下で認められています。この規制は**コンドミニアム法(Condominium Act B.E. 2522, 1979年制定、後に改正)**によって定められています。主なポイントは以下の通りです:
- 第19条: 外国人がコンドミニアムを購入する権利を認めています。ただし、購入者は以下の条件を満たす必要があります:
- タイへの合法的な入国が許可されていること(ビザの種類は問わない)。
- 購入資金を外貨でタイに送金し、タイ国内の銀行でタイバーツに両替したことを証明する「外貨送金証明書(Foreign Exchange Transaction Form)」を提出すること。
- 外国人所有割合の制限: 一棟のコンドミニアムにおいて、外国人(および外国法人)が所有できる総床面積は、その建物全体の49%までとされています(第19条 bis)。残りの51%以上はタイ人による所有が義務付けられており、これによりタイ人の住宅市場へのアクセスが確保されています。
この49%ルールは、外国人投資家による過度な不動産市場支配を防ぐと同時に、タイの不動産市場への外国資本流入を一定程度促進するバランスを取った規制と言えます。なお、この割合が上限に達している場合、外国人はその物件を購入できず、転売の際にも制約を受ける可能性があります。
Ownership (Sections 19/1-19/11) | Thailand Law Library
GATS協定での対応
**GATS(サービスの貿易に関する一般協定)**は、世界貿易機関(WTO)が1995年に発効させた協定で、サービス貿易の自由化を促進することを目的としています。タイはWTO加盟国としてGATSに署名していますが、不動産取得に関する規制については、GATSの枠組み内で一定の留保を行っています。具体的には:
- GATSの原則: GATSでは、加盟国がサービス市場へのアクセスを制限する場合、それを「約束表(Schedule of Commitments)」に明記することで、内外無差別の原則(最恵国待遇や内国民待遇)を適用除外にできます。タイは不動産関連サービス(土地取引や所有を含む)について、外国人の参入を制限する権利を留保しています。
- タイの約束表: タイはGATSにおいて、不動産分野での完全な自由化を約束せず、土地所有に関する規制を維持する立場を取っています。これは、GATS第2条(最恵国待遇)や第17条(内国民待遇)の適用を部分的に回避するもので、国家安全保障や公共政策上の理由に基づく例外として認められています。
- 実務的影響: GATSにより、タイは外国人に対する差別的な規制を完全に撤廃する義務を負わず、土地法やコンドミニアム法に基づく現行の制限を維持できます。ただし、コンドミニアム市場へのアクセスは部分的に開放されており、GATSの自由化精神に一定程度応じた形となっています。
タイ政府は、GATSの枠組み内で外国人不動産取得の規制を正当化する一方、投資奨励策(BOIなど)を通じて経済的利益を追求する柔軟な姿勢を見せています。
日本の外国人による不動産取得の制限
土地所有の制限
日本では、タイとは異なり、外国人が不動産(土地や建物)を購入することに対する法的制限は基本的に存在しません。**外国人土地法(1925年制定、大正14年法律第42号)**が存在しますが、これは実質的に運用されておらず、事実上の「有名無実」状態です。具体的には:
- 第1条: 日本人や日本法人が土地所有を制限されている国に属する外国人に対して、対等な制限を政令で課すことができるとしています。しかし、この条文に基づく政令は戦後制定されておらず、実効性はありません。
- 第4条: 国防上必要な地域での外国人による土地取得を制限可能としていますが、こちらも戦後の「外国人土地法施行令」廃止(1945年)以降、適用例はありません。
日本の不動産市場は、外国人投資家に対しても完全に開放されており、土地や建物の所有権取得に国籍による差別はありません。近年、外国人による不動産購入が増加していることを受け、安全保障の観点から規制を求める声もあります(例: 2022年の「重要土地等調査規制法」施行)が、現時点ではタイのような明確な制限はありません。
コンドミニアム取得の制限
日本では、コンドミニアム(分譲マンション)に特化した外国人向けの取得制限は存在しません。タイの49%ルールのような所有割合の規制もなく、外国人は日本人と同様に自由に購入できます。日本の区分所有法(1962年制定)は、所有者の国籍を問わず適用され、購入手続きや権利関係は一律です。
GATS協定での対応
日本もGATS加盟国ですが、不動産分野での市場アクセス制限をほとんど設けていません。日本のGATS約束表では、不動産取引に関するサービス(不動産仲介など)に一部制限を記載していますが、土地や建物の所有そのものに対する規制は明記されていません。これは、日本が内外無差別の原則を不動産市場でほぼ完全に遵守していることを示します。一方、タイのように安全保障や経済保護を理由に留保を活用する選択肢も理論上可能ですが、現行では採用されていません。
ついては、タイの法令は英語版が限定的であり、日本の法令は法務省サイトなどで閲覧可能ですが、ここでは割愛します。報道記事も最新状況を反映した信頼性の高いものがすぐに見つからないため、控えます。
タイと日本の対比
項目 | タイ | 日本 |
---|---|---|
土地所有 | 原則禁止(例外あり、制限的) | 制限なし、国籍問わず購入可能 |
コンドミニアム | 49%まで購入可、外貨送金証明書必須 | 制限なし、国籍問わず自由に購入 |
国内銀行経由 | 必須(外貨をタイ国内銀行で両替し証明) | 不要(資金経路に規制なし、海外口座経由も可) |
規制の目的 | 国家主権・経済保護、税逃れ防止 | 市場開放優先、安全保障懸念は事後対応 |
GATS対応 | 規制を留保しつつ部分開放 | ほぼ完全な自由化を約束 |
タイは観光立国として外国人を積極的に受け入れつつ、不動産では保護主義を貫き、国内銀行経由を義務付けることで資金の透明性を確保している。一方、日本は不動産市場を完全に開放し、国内銀行経由を求めない柔軟性を持つが、事後的な監視に頼る姿勢が特徴的だ。この対比は、両国の経済政策と外国人対応の哲学の違いを明確に示している。